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2012年3月21日 (水)

ながい坂 山本周五郎著

今日はまた寒い日に逆戻りですね。こういうぶり返しをしながら春になるのかな。

さて本屋さんでふと目にとまって山本周五郎を読んでみたくなった。もう20年くらい前になるのではないだろうか、「栄花物語」や「さぶ」を読んだ記憶があるが、気になる作家ではあったが、その後なかなか読む機会を作れなかった。

さすがにやや古い作品ということもあり、聞きなれない語や読めない漢字もあるにはあったが、とても面白く長編だが一気に読み終えた。

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平侍という下級武士の出ながら、若い頃から背伸びをするほど勉学・剣術に励み、孤独に耐えながら志を貫き、結果藩主とともにお家の危機を乗り切り城代にまで出世するというお話。といってしまうと単純だが、ストーリーが面白いので、一気に読める。また主人公三浦主水正のその生き様の描き方は重いというか、多くのことを考えさせられる味のあるものになっている。主人公は能力的には剣も知能も少々スーパーマン過ぎると言ってもいい設定だ。マインドという点では欠点もあるように思うが。

一方で、多くの点で違和感を感じるというか、山本周五郎はどう考えているのか疑問であったり同意できなかったりという点もある作品だった。読者の中にも賛否両論あるのではないだろうか?

主人公が8歳の時に、いつも釣りに行く途中の道にかかっていた橋が家老の都合で撤去される。そのことに誰も文句も言えない、言おうともしない世の中に疑問を抱き、そうでない世にしたいというのが志のスタートとして描かれている。が、その後の行動や判断がどうも志に合致していないように思えるものがある。むしろはじめの橋のエピソードだけで、志そのものがあまり語られていない。

また主人公はある部分弱者を切り捨てているような点があり、少し悲しい。大義のためにきりすてているというより自分のため、あるいは自分の弱さのためにきる捨てているような。例えば母の死に目に会いに行かないし、弟を助けようともしない。かつての師の小出先生が死の直前に会いたいという知らせを受けたときも会いに行かなかった。同じくかつての師の谷宗岳が酒に溺れるような生活をしていることもばっさり切っている。このあたりは山本周五郎の行き方というか想いの出ている部分なのかもしれない。

また2人の女性、妻のつると子供までもうけたななえの2人に対しても冷酷とも感じた。つるとは後に関係が改善して良き夫婦関係になるが、もっと早くそうで来たのではないかと思ってしまう。つるがかわいそうだと感じる部分も。ななえに関しても、結局は都合よく利用して分かれたような印象を持つのはきまま仙人だけだろうか?

事を成すためには、日々弛まない努力に加えて、孤独に打ち勝たなければならない。そういう主水正の生き方は共感もし、感動的でもある。小説としても非常によく描かれていると思う。が、ひとつ間違えると能力のある人間が日々努力をして、成功を手にしたという話でしかないのが気になる。

最後に2人好感度抜群の登場人物を2人挙げたい。一人は藩主昌治。家柄、身分にかかわらず主水正のような優秀な人物を見極め重用する。また御改廃の時の計画など見事だ。この藩主がいなければ、主水正も力を発揮するような場を得られなかったのではないだろうか。もう一人が滝沢主殿、修復できない親子関係を抱えながらも、私利私欲なく老齢になっても凛としたまっすぐな家老であるのが好ましい。

いろいろ考えさせられる点も含めて、山本周五郎を代表する長編、山本周五郎文学を堪能できる面白い作品だと思う。

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