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2011年3月18日 (金)

震災対応など雑感

今日の日経にも、被災地で物資が足らない。都心で買い占めないで!という内容の記事があった。地震の対応や避難所を経験して東京に戻った人の話を聞いて思うところを書いてみたい。多少の反論があるのを覚悟の上で。

先日のブログでも書いたが、きまま仙人も「都心で買い占めないで」というのは、まったく同感だ。そもそも東京で、(一部のものは実際に品薄になっていくとは思うが、)物がなくなるのは、大半が各家庭がインスタント食品や水、トイレットペーパーなどを過剰在庫するためで、いつも通りがいいと思う。それで仮に実際にものがなくなり、不便になったとしても、その物資が被災地に行っていると思えば我慢はできる。もちろん子供や病人がいる家庭は話が違うとは思うが。

原子力の報道についても、好感の持てる報道、持てない報道が見受けられる。アナウンサーや解説者の個人の資質か? 比較的冷静に煽るような報道がないのはいいとして、東京電力への情報開示などはやや言い過ぎのの感じがする。むしろ情報開示は政府に対していうべきであり、必要なら政府がマスコミに対してできる範囲での説明をすればよい。

というのは、仕事でも同じだが、詳しい知識を持たない人に説明することは、非常に労力がかかる。どういう言葉、言い回しにするか、どういうニュアンスで伝えるかも。おそらく、計器の故障などでわからないことも多いだろうし、経験したことのない事態だけに、断定できないことも多いだろう。そういう内容を詳しい知識を持たない人に伝えることがどれだけ難しいか。きまま仙人は、今最優先に対応しなければならないのは、実際の原発への対処であり、できうる限りそちらにリソースを注入すべきだと思う。

我々は、今となっては政府を信じ、避難命令に冷静に従うまでだ。でなければ、今のうちに個人的に関西でも九州でも海外でも避難すべきだろう。東京電力や自衛隊の前線でがんばっている方々は、とにかく今はがんばってもらいたい。昨日は厚生労働省が作業員の被爆限度を引き上げた。マスコミの某記者はナンセンスな質問を。決めた人達も苦渋の選択だろう。作業に当たる方にとっては不安や不満もあるだろう。でも被害拡大のためには、ぎりぎりの判断をしていると思うしかない。

一方で屋内退避区域に物資を輸送する配送会社が、運転者の安全を理由に輸送を拒否したとのこと。いたたまれない。それなら50キロ以上全員を退避させないと孤立してしまう。

うちの会社に地震のとき、たまたま岩手に旅行中の方がいた。当日うみねこの生息地にいったが、まったくいなかったらしい。うみねこ達は何か予兆を感じていたのか? たまたまその人たちは地震発生時は津波の影響のない場所だったようで、生命には別状がなかった。それでも泊まっていたホテルは傾き、避難所に3日いたようだ。何とか青森方面に抜け、日本海側を通って東京に戻ったとのこと。本当に生々しい話が、聞けた。避難所の中でも、東京に戻れば家のある人と、家や家族を失ってしまった人では、どうしても同じ感覚ではいられなかったようで、家や家族を失った人のことを思うと耐えられない気持ちだったようだ。

もうひとつ、生命は各自平等だというが、建前を別にするときまま仙人は必ずしもそうは思わない。たとえば20代、30代の若者と、きまま仙人のように50の声を聞いたオヤジでは、絶対若者こそ生き残るべきだ。もちろん年齢だけが尺度ではないし、判断は非常に難しい。個人の価値観によっても変わってくるだろう。また、弱者を切り捨てることになるとしたら同義的な問題も生じる。でも例えば究極の選択で、20代のまったく知らない若者ときまま仙人のどちらかが放射線を浴びないといけないとすれば、私は喜んで放射線を浴びたいと思う。

とはいえ、預貯金の大半を寄付するとか、時計のコレクションを処分して寄付するとかはできない自分がいる。ここ数日、現状への協力、復興への支援に関して、自分が何をすべきかということに迷っている部分がある。

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